トミヤマに伝わる史料の一つ「伊勢型紙」。染色の際に用いる型紙は、和紙に防虫や防腐、耐水補強の目的で柿渋を塗り重ね、手彫りで図柄が彫られていた。この伊勢型紙には古文書が使われ、丁寧に書かれた文字と時を経た柿渋が織りなす風合いに歴史が窺える。

青柿がつくり出す渋みの力が暮らしに豊かな恩恵をもたらす

柿渋 京都府相楽郡南山城村【トミヤマ】

「柿渋」とは、熟す前の青い渋柿の果汁を搾り、発酵、熟成させたものをいう。古くから日本人の暮らしと密接に結びつき、木工塗料や染料、布や紙の補強剤、民間薬としても幅広く利用されてきた。京都山城地域に息づく柿渋文化とその担い手を訪ねた。

京都府の東南端に位置し、宇治茶の銘産地として名高い南山城村。今、防霜ファンが回る茶畑には、かつて霜除けや防虫の役割を担う渋柿の木が点在していた。柿の根は深く、茶畑の土壌の安定にも役立ったという。

トミヤマの工場2階にあるショールーム。化学物質を一切使わずにつくられた室内には、柿渋の魅力を伝える製品の数々が並ぶ。

日本の生活文化を支えた天然素材

現在の生産量は年間約50t。主に塗料として使われ、天然素材の安心感が人気を呼んでいる。また、精製された柿タンニンパウダーは、除菌剤や化粧品などの原料にもなっている。

渋を採るのに適した天王柿は地元の特産品。小ぶりでカキタンニンの含有量が多く、高品質の柿渋になる。

搾汁液を発酵させると微生物が成長。糖分やタンパク質を分解し、独特の匂いを持つ茶褐色の柿渋になる。

柿渋は天然素材との相性がよく、べんがら(顔料)と合わせると多彩な色の変化が楽しめる。

 柿は中国原産の温帯性落葉果樹で、東アジアを中心に古くからの栽培の歴史を持つ。日本に渡来したのは奈良時代とされ、平安時代の薬名辞書『本草和名[ほんぞうわみょう]』(918年)に「加岐[かき]」と記されているのが最も古い記録とされる。また、『延喜式[えんぎしき]』(927年)には祭礼用の菓子として干し柿が登場する。その当時、柿といえば強い渋みを持つ渋柿のことを指していた。干し柿は渋抜きの手段の一つであり、かつては冬場の保存食や数少ない嗜好品として親しまれたという。

 柿の渋みは、果実に含まれるカキタンニンと呼ばれる特有のタンニン成分に由来する。タンニンとは、抗酸化や抗菌作用に優れたポリフェノールの一種。カキタンニンを主成分とする柿渋の代表的な特性としては、不溶性の強靭な皮膜をつくる性質が挙げられる。柿の果汁が自然発酵することで水や湿気を防ぎ、耐久性を高めることを発見した先人たちは、その防水性や撥水性、防虫・防腐効果を衣食住の生活道具に活かしていった。盛んに利用されたのは、江戸時代の中頃から戦後プラスチック製品が出現するまでのおよそ300年間。団扇や和傘、郵便小包などの包装用紙、茶ひつや桶、漁網や釣り糸にも使われ、身近な天然素材として暮らしの中に根付いていた。

  • ※植物が紫外線や虫などの食害から自分の身を守るための防御物質。

柿渋産地の誇りを次代へと語り継ぐ

近年、収量が激減した天王柿をもう一度増やそうと、トミヤマが2015年からスタートさせた植樹プロジェクト。地元や滋賀県東近江市の耕作放棄地では渋柿を生育中という。

「柿渋の魅力を広めていくのが私の役割」と話す冨山さん。老舗の伝統を礎に新たな用途開発にも挑む。

塗料をはじめ、抗菌・消臭効果に優れた布きんや石けん、マウススプレーなど、多様な暮らしの領域に天然素材の安心感を提供する。

 最盛期には全国各地にあった柿渋の生産地。今では製造と販売を手がけて、年間30t以上の柿渋を製造するのはわずか3社となった。その一つ、1888(明治21)年創業の「トミヤマ」は、創業地の加茂(木津川市)から現在の南山城村へと製造拠点を移しながら、地域の特産品を作り続ける。「山城地域は宇治茶の一大産地。茶畑には霜除けや虫の害を防ぐ目的でタンニン豊富な渋柿が植えられ、それが良質な柿渋の原材料になりました」。そう話すのは、5代目を務める冨山敬代[ひろよ]さん。石油化学製品の普及に伴って需要が激減した柿渋に、新たな息吹を注ぎながら伝統を繋いでいる。

 柿渋づくりが行われるのは7〜9月。「天王柿」や「鶴の子柿」など柿渋に適した品種を厳選し、タンニン濃度が高い未熟果の状態で収穫、搾汁する。トミヤマでは自然発酵ではなく、独自に開発された「柿酵母」を添加して発酵を促す。見えない微生物の力を信じ、タンクの発酵の進み具合を音と目と勘で聞き分けるのは、冨山さんの重要な役目だ。その後、熟成という歳月を経た柿渋は、タンクごとに調合を繰り返し、さまざまな用途に合わせた濃度、色となって出荷の時を迎える。「柿渋は、時代とともに用途が変わっていくミラクル発酵液」。冨山さんのことば通り、今、カキタンニンの活用は化粧品や健康・医療分野へと広がりを見せ、自然の恵みの奥深さを物語っている。

  • ※(財)日本醸造協会に依頼して特別に製造したもの。
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